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現在はブログ管理人tomoが過去に訪れた世界遺産を、世界遺産検定の学習視点で記事にする「行ってみたらこんなトコ」企画進行中です。
過去の旅先がフランスを中心としたヨーロッパに集中しているので、本日は数少ない南アメリカの世界遺産、定番中の定番の「マチュ・ピチュ」です。
これも随分前の体験談になってしまいますが、学習ついでにお付き合いいただけると嬉しいです。
9月の世界遺産検定(3級または4級)を目指している方は、カテゴリーの過去問題3級または4級も学習の参考にしてください。
マチュ・ピチュは私が幼少期にナスカの地上絵やイースター島など「世界の七不思議」としてよく取り上げられていた場所です。
当時一番行ってみたいと思ったイースター島には、まだ行けていませんが、マチュ・ピチュ訪問を実現できたことは子供の頃の夢の一つが叶ったという、人生の中の大きな出来事だなと思います。
そして、ペルーの後ボリビアへ移動中、酸欠になり空港で意識を失ってぶっ倒れたのも、今となっては貴重な体験です。
では、本日もよろしくお願いします。
①マチュ・ピチュってどんなトコ
このブログを読んでいる方には説明するまでもありませんが、ペルー南部のアンデス山脈にあるインカ帝国時代の都市遺跡です。
「インカ帝国」とは南アメリカのペルー、ボリビア(チチカカ湖周辺)、エクアドルを中心にケチュア族が築いた国で、15世紀に周辺を支配していました。
「Machu Picchu」と呼ばれる遺跡名は「老いた峰(Old Peak)」を意味するケチュア語(インカ帝国の公用語で、ペルーの公用語の一つ)なのだそうです。
インカ帝国はアメリカ大陸の征服活動をしていたスペインの侵略を受け、1500年代に滅亡しました。
最後の皇帝がスペインの征服者ピサロによって処刑されマチュ・ピチュも放棄されました。
「空中都市」と言われるだけあって、標高2340mの場所に築かれており山の麓からは確認できず、1911年にアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムに発見されるまで、ずっと鳴りを潜めていたということです。
一説にはハイラム・ビンガムの発見より前にペルー人によって発見されていたとも言われているそうですが、それでも400年以上は人目に触れることはなかったということになります。
インカ帝国の残党がビルカバンバという都市を築き、財宝を隠したという噂があったことで、「マチュ・ピチュ」を発見したハイラム・ビンガムは、この壮大な石造り都市をビルカバンバだと信じて発表しました。
それによりマチュ・ピチュの発見は世界中で話題となりましたが、現在ではこの地はビルカバンバではないとの見解が有力とのことです。
②複合遺産としての価値
スペイン人によるインカ帝国征服以前に、ペルーを中心とする太平洋沿岸地帯およびペルーからボリビアへつながるアンデス中央高地に存在した文明はアンデス文明と呼ばれています。
アンデス文明は文字を持たない文明であったため、マチュ・ピチュの遺跡が何のために作られたのか、役割はなんだったのかなどまだわからないことが多いそうです。
とはいえ、最近の研究で明らかになってきたこともあるようで、世界遺産検定試験でもそのあたりが問われています。
インカ族は文字を使わないかわりに、縄の結び目「キープ」を用いて数などを記録し、情報を伝えていたことがわかっています。
訪れた際に、山の中にある遺跡とは思えないくらい大規模な設備が整えられていたんだなと感心させられたのは、トウモロコシやジャガイモなどの段々畑などの遺構だったみたいです。
インティワタナと言われる一枚岩のある神殿では太陽を祀る儀式が行われたと考えられています。
また、夏至と冬至を観測できる窓がある「太陽の神殿」など帝国の天文技術の水準の高さ伝える施設も多く、インカ帝国の太陽崇拝において重要な役割を果たしていたと考えられています。
更に充実した灌漑施設と水汲み場の跡が、高度な文明のもとで計画的に建設された都市であることを伺わせ、また手付かずの自然が残されている点も評価され、複合遺産として世界遺産登録されました。
③行き方や楽しみ方
マチュ・ピチュの遺跡へは、通称「マチュピチュ村」と呼ばれるアグア・カリエンテからバスに乗って行くことになります。
遺跡までこの街から歩いて行くという強者ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、まあ一般的ではなさそうです。
私が訪れたのは5年以上前で、その前に大規模な洪水による道路の崩壊などがありました。そのためバスを途中で降りて少し階段を使って歩いて、また別のバスに乗るというようなことをしたのを覚えています。
マチュ・ピチュ村から、遺跡への移動はバスのチケットさえ購入できれば後はバスに乗るだけなのでそんなに難しくはありません。
問題は街ピチュ村へ行くまでの移動です。
手っ取り早いのは、クスコから観光列車でマチュピチュ村に行くことのようです。所要時間4時間でダイレクトに行けるのが魅力ですが、割高なのと、本数や発着時間に限りがあるようです。
一番、一般的と思われるのが「オリャンタイタンボ駅」から列車移動なのですが、この「オリャンタイタンボ」駅に行くのがやや難儀します。
私は偶然にクスコの空港で出会ったツアーコディネーターの営業を受けて、駅まで貸切タクシーで移動しました。
わけわからないまま移動が始まって、道もめちゃ悪くて、駅に行くまでがかなり疲れました。
1度しかない私に経験からお話しすると、クスコに1泊して、クスコから列車でマチュ・ピチュ村に移動する手段で日帰りっていうのがいいかな。多少ハードではありますが、マチュピチュ村で1泊すると少し楽なのかな。
クスコも世界遺産の街で、街並みが独特で時間をかけて観光すべき場所ではないかと思います。私はできなかったので心残りです。
話を戻しますと、マチュ・ピチュ観光の極論は少し日程に余裕のあるツアーに参加することをお勧めします。
見所は、段々畑の斜面だったり、夏至の日の出位置を示すとも言われる「3つの窓の神殿」、あとは例の「インティワタナ」は意識して見ておきたいところです。
しっかり下調べをしてから行くのもいいですが、広い敷地なのでガイドさんの案内があると効率がいいです。
私も半日ガイドのツアー(スペイン語)に参加しましたが、やはり解説があるといいなとは思いました。
因みにスペイン語は当然話せず、英語も怪しいので、一緒に参加していた方がスペイン語を英訳してくれたのを、友人から和訳してもらうというやり方でしたが。
時間と元気と体力があれば「ワイナピチュ」に登ってまた違う景色を楽しむのもいいでしょうね。
ただ、高山病の危険性も認識して、体調管理を怠らないというのが前提です。
あとはのんびり散策して、可愛らしいラマに癒されましょう。くれぐれも、張り切りすぎて体調を崩さないようにしていただきたいです。
④練習問題
ちょっと余談の多い記事になってしまいましたが、本日も世界遺産検定の過去問題から1問出題します。
◆『マチュ・ピチュ』の説明として、正しいものはどれか。
①アステカ帝国が築いた都市である
②巨大な地上絵がいくつも残る
③充実した灌漑施設や水くみ場の跡が残る
④反映していた時期の豊富な文字資料が残っている
ということでいかがでしたでしょうか。
3級学習のリンクも貼っておきます。
アメリカ大陸の文明(マチュピチュ・チチェンイツァ)
正直、マチュ・ピチュは歴史的なものも含め、情報がほとんどないんだなといった印象です。
その分、世界遺産検定で問われる内容は非常に限定的ではありますが、もっと学びたいとなると物足りなさを感じる、世界遺産です。
日本からは、遠くて簡単に行ける場所ではありませんが、このブログを読まれている方で行ったことあるよという方は多いと思います。
そして、観光情報に関しては結構たくさん見つけることができますので、その点で旅行先としてのハードルは少し下がっているかなとも思います。
南米旅行は何度も行けるものではないと思いますが、一度は行っておきたいと思える場所がたくさんありますね。
私ももう一度だけ、行きたいと思っています。
では、また。
tomo
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