「琉球王国のグスク跡」行ってみたらこんなトコ

世界遺産検定3級
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ご訪問ありがとうございます。

9月の世界遺産検定(3級または4級)を目指している方は、カテゴリーの過去問題3級または4級も学習の参考にしてください。

「行ってみたらこんなトコ」シリーズも、3級レベルはいよいよネタが尽きかけて、いずれしれっと2級の学習に入っていそうな勢いですが、それも良し。なんて勝手に思ったりしています。

2級の学習については、全体の期間に照らし合わせて構成をこれから練っていきます。
適当に進めたら目標に間に合わないってことが起きてもおかしくないですよね。何せ300もの世界遺産があるわけなので。

余談はこんなところで、本日は沖縄にある世界遺産です。
2019年10月に飛び込んできた、ニュースは皆様も記憶に新しいところではないでしょうか。
フランスで起きたノートルダム大聖堂の火事が起きた数ヶ月後だっただけに危機管理体制についても様々な意見がありましたね。
貴重な文化財の保護保全のあり方については、他の世界遺産を抱える自治体共通の課題ではあるでしょうね。

これまでなんども訪れた沖縄県ですが、意外と写真が残っておらず、しかも保存していたSDカードが1つ壊れていてデータを取り出せなくなりました。
ですので、今回は最近出題の多いグスク跡を2つご紹介するに留まりますがお許しください。

①グスクと関連遺産

琉球王国の遺産については、数百にのぼる数が残されており琉球文化を伝えています。
琉球王国は首里を都として、明や日本をはじめ東南アジア諸国との間の中継貿易で栄えた王国です。

沖縄は中国と日本の間で影響を受けながらも独自の文化が根付きました。
その独自文化が生まれる背景には、海の彼方に「ニライカナイ」と呼ばれる理想郷に対する信仰などがあったそうです。
そんな文化を持った独特の風景やあの年中温暖な気候と青い海は異国情緒しか感じない。初めて行った15年前はそんな印象でした。

琉球王国の遺産のうち沖縄にある5つのグスク跡と、関連する4つの遺産が残されています。
グスクとは、簡単にいうと「城」で、当時の王や、「按司(あじ)」と呼ばれる豪族の居城として築かれたものです。
その中でも最大のものが、ご存知「首里城」で、琉球王国の成立以来、国王の居城かつ政治の中心となっていました

14世紀には、按司を束ねる強力な王が現れ、そのうち南部の南山(山南)、中部の中山、北部の北山(山北)の三つの国にまとまりました。

中でも、構成資産の一つ「今帰仁城跡」のある今帰仁村を中心として沖縄県北部の国頭地方を支配していたのは、山北王国(さんほくおうこく)でした。

その後、南山の佐敷按司が勢力を増し、1405年に中山、1416年に北山を、1429年に南山を滅ぼして琉球王国最初の統一王朝を成立させました。
のちの尚巴志王(しょうはしおう)であり、首里城を居城とすべく拡張整備、王城にふさわしい城としたのもこの方です。

首里城は、第二次世界大戦の沖縄戦の時にも焼失しており、戦後に復元されました。
2019年の火災による焼失は、悲しい出来事ですが、またいつか再建される日を心待ちにしています。

②護佐丸・阿麻和利の乱

最近の世界遺産検定試験3級でよく問われていたのが、誰がどこのグスクを居城としていたかです。
ここまで書いた中で、「今帰仁城跡」は北山王の居城であったこと、そして「首里城」は琉球王国王の居城であることはご理解いただけたでしょうか。

そして、ここで登場するのが「阿麻和利(あまわり)」「護佐丸(ごさまる)」です。
誰がどのグスクにゆかりがあるのか、それが3級試験攻略のカギでもあります。(今後はわかりませんが)

さて、Wikipediaから引用した「護佐丸・阿麻和利の乱」についての抜粋を解説します。

1458年に尚泰久王治世下に発生した内乱です。
勝連城の最後の城主・阿麻和利(10代目勝連按司)は、首里城を陥落させ王位に就こうと野心を抱いていた。
尚泰久王は娘の百度踏揚を阿麻和利に嫁がせ、忠臣の護佐丸を読谷山の座喜味城から中城城の按司に任じることでけん制しました。

これに対して阿麻和利は、護佐丸が兵馬を訓練して力をつけ、反逆を企てていると嘘を流布しました。
泰久王は疑いつつも、実際に護佐丸が軍備を整えているのを知り、阿麻和利に護佐丸を討たせました。
しかし、護佐丸には謀反の心はなく、抵抗せずに自刃しました。

阿麻和利は今度は泰久王を狙おうとしましたが、妻に嫁いでいた百度踏揚と付き人の越来賢雄(鬼大城)がこれを知らせたことにより、王は阿麻和利を討ちました。

ということがあったそうです。

護佐丸、可哀想すぎ(涙)
疑われても最後まで忠誠を尽くして自害。なんともやりきれないストーリーでした。

③座喜味城跡

こちらは沖縄県中頭郡読谷村にあるグスク城跡です。
按司護佐丸(ごさまる)が築城し、王の名を受けて中城に移るまで居城とした場所です。
見渡した景色も遺跡感がただよいます。全体的に美しい形に整えられています。
個人的には構成資産の中で一番好きな城跡です。

④勝連城跡

こちらは阿麻和利が居城としたグスクです。

阿麻和利自体は、圧政を敷き酒に溺れていた9代目勝連按司の茂知附按司に対してクーデターを起こし殺害し、この地方の按司として成り代わり海外貿易などを推し進めながら力をつけていったそうです。
そんなかなりやり手の按司で、悪政をただしたヒーローのようにも感じるのですが、やはり国を統一したいというのは、この時代の強者あるあるなのでしょうか。

護佐丸のことを思うと心が痛いですが、この時代の歴史というのも興味深いですね。

⑤練習問題

本日は、関連資産を小出しした少し浅めの記事ではありましたが、練習問題行きます。

◆『琉球王のグスク及び関連遺産群』に関する次の文中の空欄に当てはまる語句として、正しいものはどれか。
沖縄には、海のかなたに神々が住む(   )と呼ばれる国があるという信仰が残る、この信仰をもとに、日本や中国などの影響を受けつつ独特の文化が生まれた。

①トンブクトゥ
②ニライカナイ
③ラーマーヤナ
④アランフエス

◆『琉球王国のグスク及び関連遺産群』の構成資産のうち、琉球王国の国王の居城で政治の中心だった場所として、正しいものはどれか。

①首里城跡
②座喜味城跡
③勝連城跡
④今帰仁城跡

◆『琉球王国のグスク及び関連資産群』に関し、護佐丸ゆかりの城( A    )と阿麻和利が居城とした城( B   )の組み合わせとして、正しいものはどれか。

①A.首里城 ー B.勝連城
②A.首里城 ー B.今帰仁城
③A.座喜味城 ー B.勝連城
④A.座喜味城 ー B.今帰仁城

 

いかがでしたか。

沖縄の言葉や、漢字の読みは圃場に難しくて、なかなか頭に入りにくいですね。
この記事を読んでも歴史はなかなか理解しにくいとは思いますが、もう一度振り返ってみましょう。

各地の豪族(按司)をまとめる有力者を王として、北・中・南の3つの国に分かれたが、最後は統一され琉球王国となり、その琉球王国の王の居城が首里城であった。

先ずはこの辺りを押さえておけば良いでしょう。
3級学習のリンクも貼っておきます。
交易都市(琉球王国・メラカとジョージタウン)

沖縄は、おそらく国内の旅行先としては一番回数多く旅行している場所です。
首里城にも数回訪問しています。去年の火災で貴重な遺産が焼失してしまったと耳にしましたが、そこにあった史実や文化がなくなるわけではありません。
人を惹きつける文化を育んだ歴史は記憶として残していただきたいなと思ったりもします。
久しぶりに旅立ちたいなあ。。。

本日はここまでとなります。
またお待ちしています。

tomo

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