ウィーン体制

本日の世界遺産は『ウィーンの歴史地区』です。
構成資産には「聖シュテファン大聖堂」「ウィーン国立歌劇場」「ベルヴェデーレ宮殿」など、みるからに世界遺産と思うような建築物があります。
素晴らしい景観が人気の歴史地区には、景観を守るための厳しい高さ制限が設けられています。
しかし開発の波により高層建築物の計画が出たことで、2017年に世界遺産の価値が損なわれると、世界遺産委員会から危機遺産の指定を受けることになりました。
なんとも残念な話ですが、なんとか危機を脱してほしいものです。

 

①ウィーンの歴史地区(オーストリア共和国)

登録年:2001年/2017年危機遺産登録
登録基準:(ⅱ)(ⅳ)(ⅵ)
多彩な建築物が建ち並ぶ歴史の舞台

モーツァルト、ヨハン・シュトラウスら多くの音楽家を育て、クリムトやシーレらの新しい芸術が花開いたウィーン。この街が隆盛を極めるのは、13世紀にハプスブルク家が都と定めてからのことである。

ウィーンは、ナポレオン1世の栄光と没落を目の当たりにした都市である。
1809年にナポレオン1世はここを占領したが、1812年にロシア遠征の失敗をきっかけに周辺諸国の巻き返しにあい、退位に追い込まれる。
1814年にはこの地でウィーン会議が開かれて、ナポレオン没落後の国際秩序が話し合われた。

13世紀以降は、ハプスブルク家の王都として発展してきたが、この地区の歴史的建造物は、大きく3種類に分けられる。

第1が、12〜15世紀ごろまでに建てられた、旧市街地中心部にある中世の修道院や聖堂。
ルドルフ4世によるゴシック様式の聖シュテファン大聖堂やドイツ語圏最古の大学であるウィーン大学が代表例である。

第2が、17〜18世紀にかけてつくられたバロック様式の建造物。
代表的建物はベルヴェデーレ宮殿であり、現在はグスタフ・クリムトやエゴン・シーレらの絵画を収蔵するオーストリア・ギャラリーになっている。

第3が19世紀半ばにフランツ・ヨーゼフ1世の都市改造計画で作られた近代建築である。
旧市街の城壁跡にリンクシュトラーセと呼ばれる環状道路が敷設され、これに沿ってゴシック・リバイバル様式やネオ・ルネサンス様式の美術史美術館や国立歌劇場など、新たな公共建築が建設された。

②本日の練習問題

本日はオリジナルの問題です

[1]『ウィーンの歴史地区』に関して、現在はオーストリア・ギャラリーになっているバロック様式の建造物として正しいものはどれか

①シェーンブルン宮殿
②サンスーシ宮殿
③ベルヴェデーレ宮殿
④ヴェルサイユ宮殿

[2]『ウィーンの歴史地区』に関して、旧市街の城壁跡に敷設される環状道路をなんと呼ぶでしょうか

①リンクシュトラーセ
②アウトバーン
③スーパーストラーダ
④インターステート

以下回答です

[1] ③ [2] ①

いかがでしたか?

私は今、ヨーロッパの世界遺産で頭の中が宮殿渋滞です。
見た目も似ていますし、聞きなれない名前ですしなかなか覚えるのは難しいですね。
いずれ宮殿については整理しないと、どこがどこやらですね。
ひとまず、ヨーロッパの宮殿はしばらく出てきませんので、安心してください。

では、また明日もお待ちしています。

tomo

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