都市計画①パリのセーヌ河岸

世界遺産検定2級
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この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日学習しますのは「パリのセーヌ河岸」です。
あれやこれやの有名な建造物がたくさんの遺産です。

前置きは短めに、早速学習に入りましょしょう。
本日もよろしくお願いします。

パリのセーヌ河岸

フランス共和国
<自然遺産>
登録年:1991年
登録基準:(ⅰ)(ⅱ)(ⅳ)
セーヌ河畔に広がる2,000年の歴史

パリの歴史は、紀元前3世紀頃からシテ島に住み着いたケルト系パリシイ人が築いた集落から始まりました。
紀元前52年頃、この地はカエサル率いるローマ軍に征服され、ルテティア・パリシオルムと名付けられた。
シテ島とセーヌ川左岸にはローマ風の都市が築かれ、河川交通の要塞として発展しました。

「パリ」という名前には、4世紀ごろに改名されました。

6世紀初頭に*メロヴィング朝フランク王国、10世紀末には*カペー朝フランス王国の首都となりました。

*メロヴィング朝:ゲルマン人であるフランク族の支族のサリ族が築いたフランク王国における最初の王朝。
(カロリング朝:メロヴィング朝に次いでフランク王国2番目の王朝)
*カペー朝:カロリング朝が断絶したあと、パリ伯ユーグ・カペーがフランス王に選ばれて成立した。

11世紀頃からセーヌ川左岸にパリ大学の基礎が築かれ、神学研究の拠点となりました。
1163年に着工し、1345年に完成したノートル・ダム大聖堂は、天井を軽くするリブ・ヴォートルやステンドグラスなど、細部に初期ゴシック様式の典型的な特徴が表れています。

1248年に完成したしたサント・シャペルは、国王るい9世の命によるものです。
礼拝堂の窓面にはキリスト受難の物語など、1,134の場面を描いたステンドグラスがあります。
こうしたゴシック様式の荘厳な建物が建設され、王都としての繁栄が始まりました。
その後右岸の整備も進み、商業の中心地としても発展していきました。

1674年には構成資産のアンヴァリッド(廃兵院)が完成しました。
戦傷者や老兵を収容する施設として建造されましたが、19世紀後半にはナポレオン1世の墓所となり、現在は軍事博物館となっています。

17世紀にブルボン朝のルイ14世紀はヴェルサイユに本拠を移しました。
しかし1789年7月14日、セーヌ川右岸のバスティーユ牢獄を民衆が襲撃し、これをきっかけにフランス革命が発生しました。
革命の進展とともに絶対王政と封建制度は崩壊し、パリが再び政治の中心となりました。
そして王政が廃止されるとルイ16世と王妃マリー・アントワネットは処刑されました。

フランス史上初の共和政体である第一共和政が開始し、その後ナポレオンの登場により*第一帝政が始まりました。
*フランス第一帝政:1804年から1814年頃まで存続した、皇帝ナポレオン1世が支配する強力な軍事力を後ろ盾とした軍事独裁政権。

19世紀の七月革命や二月革命、*パリ・コミューンなど、フランスの政体は目まぐるしく変化しましたが、その間もパリはヨーロッパにおける政治・文化の中心であり続けました。
*パリ・コミューン:フランス・パリ市の自治市会(革命自治体)

19世紀後半の第二帝政下、セーヌ県知事ジョルジュ・オスマンの都市改造が実施され、コンコルド広場からシャンゼリゼ通り、そして凱旋門が立つエトワール広場までを見渡す、現在のパリの景観が完成しました。
エトワール広場を起点として、シャンゼリゼ通りなど放射状に延びる12本の道路も設けられました。

1889年にはパリ万国博覧会のメインモニュメントとして、エッフェル塔が建造されました。
また、20世紀に入ってからも、グラン・パレシャイヨー宮が建設されています。

13世紀に築かれた要塞を起源とし、フランス国王の居城として改築がされたルーブル宮はルーブル美術館となりました。
現在は「モナ・リザ」や「ミロのヴィーナス」など30万点に及ぶ作品が所蔵されています。
また、駅舎として建造され1986年に美術館に転用されたオルセー美術館も構成資産に含まれています。

練習問題

[1]『パリセーヌ河岸』の構成資産として正しくないものはどれか。

①シャイヨー宮
②サント・シャペル
③グラン・パレ
④ベルヴェデーレ宮殿

[2]『パリセーヌ河岸』の説明として正しいものはどれか。

①17世紀、パリの中心部のセーヌ川沿にヴェルサイユ宮殿が築かれた
②19世紀後半に、ミース・ファン・デル・ローエによる都市改造が実施された
③旧市街を囲んでいた城壁は撤去され、リンクシュトラーセと呼ばれる環状道路がひかれている
④ノートル・ダム大聖堂やサント・シャペルは、ゴシック様式で建てられた

解答とエンディング

解答 [1]④ [2]④

いかがでしたでしょうか。
いつ学習しても素晴らしい建造物の数々です。皆様の好きな建物はありましたでしょうか。
3級の学習では、パリの歴史に関しても深掘りされていますね。本日はほぼ公式テキストの構成と引用で記事を製作しています。

パリといえばユネスコ本部もある街ですね。次回訪問の機会があればそこも訪れてみたいと思います。

では、また明日もお待ちしています。

2級試験の受験は2011年の7月を目標にしています。
来年の7月といわず早く検定を受けたい方には、公式テキスト購入をお勧めしています。
くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト<第3版>

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