宗教分裂、宗教改革(アヴィニョン・ルター記念建造物群)

世界遺産検定3級
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本日学習する世界遺産はフランスのアヴィニョンとドイツのルター記念建造物群です。
私自身は、アヴィニョンには2度訪れる機会がありましたが、当時は詳しく歴史を把握していなかったので、今回の学習でこんな歴史だったのね、と今更ながら感心しています。

橋好きの私にとっては、サンベネゼ橋は一度は見ておきたい橋の1つでした。

①アヴィニョンの歴史地区:教皇庁宮殿、司教の建造物群、アヴィニョンの橋(フランス共和国)

登録年:1995年
登録基準:(ⅰ)(ⅱ)(ⅳ)
フランスにできた教皇庁

14世紀、ローマ・カトリック教会の教皇庁が、一時フランス南東部のアヴィニョンに置かれたことがあった。

14世紀初め、フランス王国フィリップ4世は、教会への課税を巡り教皇ボニファティウス8世と対立していた。
ボニファティウス8世の死後、フィリップ4世は、次の教皇クレメンス5世に圧力をかけ、1309年、教皇庁をアヴィニョンに移転させた。
以降68年間、アヴィニョンで7人の教皇がフランス王国の監視下に置かれた時代は「*教皇のバビロン捕囚(ほしゅう)」とよばれている。

*教皇のバビロン捕囚:古代ユダヤ(ヘブライ)人が、新バビロニア王国の都バビロンに強制移住させられた事件になぞらえた呼び方。

1377年に7人目の教皇グレゴリウス11世がローマに帰還するが、その翌年からアヴィニョンにも教皇が擁立(ようりつ)されて、教会が2つに分裂することとなった。
教会大分裂(大シスマ)と呼ばれるこの混乱は、コンスタンツ公会議においてローマ教皇を一本化する1417年まで続いた。

コンスタンツ公会議(コンスタンツこうかいぎ):1414年から1418年にかけてドイツのコンスタンツで開催されたカトリック教会の公会議。3人の対立教皇を廃し、一人の正統なローマ教皇を立てることで教会大分裂(シスマ)を終結させた。またジョン・ウィクリフと、その影響を受けたヤン・フスを有罪とした。コンスタンツ公会議は教皇権が失墜した中で、公会議主義者が主導した唯一の公会議となった。(Wikipediaより)

 

アヴィニョンの教会の中心であるノートルダム・デ・ドン大聖堂は12世紀に建造されたが、アヴィニョンの歴代教皇の手で増改築された。
教皇庁宮殿は、アヴィニョン3代目の教皇ベネディクトゥス12世が建設させた。
彼は戒律の厳しいシトー会出身であったため、宮殿は装飾の少ない質素なものになった。

一方で、次の教皇クレメンス6世が増築した新宮殿は、ゴシック様式が取り入れられ、フレスコ画など室内装飾が施されるなど華美であった。
クレメンス6世が、プロヴァンス伯からアヴィニョンの街を買い取って教皇領としたことから、この地には多くの学者や芸術家、文化人が訪れるようになり、洗練された街になっていった。

街のシンボルである12世紀に建造されたサン・ベネゼ橋は、フランス民謡「アヴィニョンの橋の上で」で親しまれている。

教皇と世俗君主の対立

1077年、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世がカノッサで教皇に謝罪した事件の後、ヴォルムス協約で叙任権は教皇にあるとされた。
しかし、十字軍の失敗などで教皇の権威が失墜すると、世俗君主は教皇に対抗して領域内の教会の支配を強めた。

カノッサの屈辱(カノッサ事件)についてはWikipedia(カノッサの屈辱)

 

②アイスレーベンとヴィッテンベルクのルター記念建造物群(ドイツ連邦共和国)

登録年:1996年
登録基準:(ⅳ)(ⅵ)
ルターゆかりのドイツ宗教改革の舞台

アイスレーベンは、宗教改革の指導者ルターが生まれ、またこの世を去った街である。

ルターの宗教改革は、1517年にルターがヴィッテンベルク城の付属聖堂の玄関扉に張り出した「95ヵ条の論題」において、カトリック教会の贖宥状(しょくゆうじょう)販売を批判したことに始まる。
以降、カトリック教会などと厳しく対立したルターは、聖書のドイツ語翻訳、ルター派教会の設立などを通じてヨーロッパの歴史を大きく動かした。

世界遺産に登録されている建造物は、アイスレーベンのルターの生家と逝去した家、ヴィッテンベルクのルターの住居、ルターの同志メランヒトンの家、聖マリア聖堂、ヴィッテンベルク城の付属聖堂の6つである。
これらの建造物群からは、宗教改革を成し遂げたルターの足跡がうかがえる。

95ヵ条の論題についてはこちらから

ルター(1483年11月10日 – 1546年2月18日):1517年、ドイツで宗教改革を開始した人物。ローマ教皇から破門されながら、批判を貫き、聖書中心主義、信仰義人説を掲げてキリスト教の新教(プロテスタント)を成立させた。

③本日の練習問題

本日は世界遺産検定3級の過去問題からの出題です。またオリジナルの問題も出題しています。

[1]ローマ・カトリック教会の重要な拠点が一時期置かれていた「アヴィニョンの歴史地区」に残る、当時の歴史を物語る建造物として、正しいものはどれか。

①教皇帝宮殿
②アルハンブラ宮殿
③フォンテーヌブロー宮殿
④サンスーシ宮殿

[2]1517年にヴィッテンベルク城の付属聖堂の玄関扉に「95ヵ条の論題」を張り出し、カトリック教会の贖宥状販売を批判したドイツで宗教改革を開始した人物は誰でしょうか。

①ジョン・ノックス
②マルティン・ルター
③ジャン・カルヴァン
④フルドリッヒ・ツヴィングリ

以下回答です。

[1] ① [2] ②

いかがでしたか?
本日は宗教に関連した世界遺産でした。
アヴィニョンには2度も訪れたのにあまり写真を撮っていませんでした。教皇庁宮殿とサン・ベネゼ橋は自分で撮った写真を使っています。

“人物”にゆかりのある建造物が世界遺産に登録されているという点では、「ルター」のすごさを改めて感じました。
ルターの宗教改革についても勉強してみたいなと思いました。

では、また明日もお待ちしています。

tomo

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こんにちは

いいですね!フランスは一度も行ったことがないので勉強になります。

世界史選択ではなかったので、歴史上の出来事などはほとんど初見で苦戦してます。
ただ、世界遺産繋がりで勉強していくとけっこう楽しかったりします、笑

2件のコメント

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