歴史地区と旧市街④ポルト、リガ

世界遺産検定2級
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この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日の世界遺産はポルトガルとラトビアです。
私も知っている場所や知識があるので、もしかしたら皆さんも聞いたことあるかな、と思います。
◆ポルトの歴史地区
◆リガの歴史地区
どちらも写真を見ただけで、行きたくなってしまいますよ。
ヨーロッパの旧市街は、もちろんどこも魅力的ですがポルトは私が絶対に行くことを決めている場所の1つです。

今日も楽しみながら学びましょう。
本日もよろしくお願いします。

①ポルトの歴史地区

ポルトガル共和国
<文化遺産>
登録年:1996年
登録基準:(ⅳ)
商工業で栄えたポルトガル北部の港湾都市

ポルトはポルトガル北部の港湾都市で首都リスボンに次ぐポルトガル第二の都市です。
ポルトの創設は5世紀より以前にさかのぼり、ローマ帝国時代からの港町ポルトゥス・カレに起源をもっています。
18世紀から19世紀にかけては、ポルト港から特産ワインがイングランドに盛んに輸出され、英語でポートワインと呼ばれて有名になりました。

ドウロ川の河口に位置するポルトには、海洋交易で繁栄した商人たちが建てた、さまざまな様式の歴史的建造物が残っています。
旧市街で最も古いポルト大聖堂はもともと12世紀に建設された要塞でしたが、17世紀から18世紀にかけて改修されました。
ポルト大聖堂は「セ大聖堂」と表記されることもあるそうで、「セ」とは「司教座」のことで、ポルト大聖堂が、司教座のおかれた聖堂のことを意味しています。

他にも旧市街には内部が金泥で覆われたサン・フランシスコ教会、ポルトガルで最も高い76mの鐘楼クレリゴスの塔などが含まれます。

ポルトでは独特の甘みを持ったポートワインを18世紀から輸出しており、旧市街とワイン工場のあるドウロ川対岸を、「ドン・ルイス1世橋」結んでいます。
ドン・ルイス1世橋は、19世紀にエッフェルの弟子が設計した上下2段の鉄橋です。

②リガの歴史地区

ラトビア共和国
<文化遺産>
登録年:1997年
登録基準:(ⅰ)(ⅱ)
カトリック布教の拠点として築かれた商業都市

リガ歴史地区は、バルト三国の中心に位置するラトビアの首都リガの旧市街にあります。
リガは、13世紀初頭、ローマ教皇の命を受けた宣教師と十字軍によって築かれました。
その後ドイツからの商人の移住が増え、13世紀後半にはハンザ同盟に加盟しました。

<リガがラトビアの首都になるまで>
1200年に教皇インノケンティウス3世の命を受けたシトー会のアルベルトが、北方十字軍を組織してリヴォニアに侵攻し、23隻の軍艦と1500人の十字軍兵でリガを制圧してリーヴ人の服属と改宗を行いました。
1202年にアルベルトがリヴォニア帯剣騎士団を創立して以降、リガはバルト海とロシアの中継貿易拠点として重きをなす。

12世紀までには交易だけでなく漁業や畜産の拠点でしたが、ドイツ人商人の入植も12世紀半ばから盛んになりました。
1282年にはハンザ同盟に加盟し、経済発展の地盤固めをしましたが、同時にリガの繁栄は数多くの侵略者を招くこととなりました。

1581年からのポーランド・リトアニア共和国の支配を受け、1621年からはグスタフ2世アドルフのスウェーデン王国の支配を受けました。
当時のリガはスウェーデン王国最大の都市でもありました。

18世紀に大北方戦争が起こると、ロシアのピョートル1世がリガに侵攻し、スウェーデン時代は終焉を迎えました。
リガは、第一次世界大戦までロシア領としてその重要な交易拠点とされていました。
リガは20世紀まで、ロシアでモスクワやサンクトペテルブルクに次ぐ第3の都市でありました。

ラトビアは19世紀後半の民族主義の高まりの中で、第一次世界大戦時にドイツに割譲されました。
しかしその後の終結でラトビアは独立を宣言しています。
第二次世界大戦までの数年間は、リガが外交・文化的に英国に接近する時代も経験しています。

しかし第二次世界大戦においては、リガはまずソ連に、そしてナチス・ドイツの軍事占領を経験しました。
1945年にソ連の赤軍がラトビア人を大量に処刑したりシベリア送りにしたことから、市の人口は3分の1にまで激減しました。
さらにソ連政府がロシア人をリガに集団移住させたことにより、リガ市の民族構成は一変してしまいました。

このような歴史を辿り、1991年にラトビアは独立を回復し、リガも首都に返り咲きました。


<旧市街の建造物>
旧市街は、中世ドイツの商業都市の特徴が多く見られ、「ドイツよりもドイツらしい」と言われるような中世ドイツらしさを醸しています。
旧市街は中世ドイツの商業都市の特徴が多く見られ、とりわけハンザ同盟時代の街並みが残っています。
世界遺産に登録されたのも、ロマネスク、ゴシック、バロックなどの建築様式が混在する、歴史的学術的価値の高さによ流物です。
ソ連支配の時代、旧市街の開発は不活発であり、これが街並み保存に寄与したとみることもできるでしょう。

18世紀の帝政ロシア時代に建造された新市街には、富裕層が建てたユーゲントシュティール様式の建築物が立ち並び、建築家ミハエル・エイゼンシュテインが設計した集合住宅が残っています。

<ユーゲントシュティール様式>
アール・ヌーヴォのドイツ語圏での呼称だそうです。
アール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動で「新しい芸術」を意味します。
花や植物などの有機的なモチーフや自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性や、鉄やガラスといった当時の新素材が利用されているのが特徴です。

③練習問題

[1]ポルトガルではドウロ川河口に、海洋交易で繁栄した商人たちが建てたさまざまな様式の歴史的建造物が残っている。旧市街が世界遺産に登録されている、ポルトガル第二の都市としても知られる都市として、正しいものはどれか。

①リスボン
②グラダナ
③ポルト
④アルマダ

[2]『リガの歴史地区』の市街地に立ち並ぶ、富裕層が建てた建築物の建築様式として、正しいものはどれか。

①クレタ様式
②パローツ様式
③ユーゲントシュティール様式
④チュリゲラ様式

④解答とエンディング

解答 [1]③ [2]③

いかがでしたでしょうか。
思いの外、ラトビアのリガの歴史が壮絶で、思わず深掘りしてしまいましたが、侵略の歴史は覚えていなくても試験は問題ありません。

さて、ポルトガルといえば『アルト・ドウロのワイン生産地域』でもポートワインについて取り上げています。
ポートワインつながりということで、この機会に思い出しておきましょうか。
ということでその学習リンクも貼っておきますね。
文化的景観③ブドウ・ワイン・オリーブ

本日もここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また明日もお待ちしています。

tomo

2級試験の受験は2011年の7月を目標にしています。
のんびりな学習ペースなので、もっと早く検定を受けたい方には、公式テキスト購入をお勧めしています。
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