歴史地区と旧市街②プラハの歴史地区

世界遺産検定2級
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この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日学習するのは、チェコ共和国の歴史地区プラハです。
名前くらいは聞いたことあるという方も多いのではないでしょうか。
私もこの学習の機会を楽しみにしていました。

画像を検索した段階で、もうワクワクしてきます。
ドイツのベルリンから東に移動してプラハ入り..なんて旅程が頭の中に浮かんできます。
選りすぐりの画像を載せておきますので、景観もお楽しみください。

前置きが長くなりましたが、
本日もよろしくお願いします。

①プラハの歴史地区

チェコ共和国
<文化遺産>
登録年:1992年/2012年範囲変更
登録基準:(ⅱ)(ⅳ)(ⅵ)
宗教・芸術・学問の中心であった美しい街並み

チェコの首都プラハは、水量の豊かなヴルタヴァ川(モルダウ川)と、千を超える歴史的建造物が調和した美しさを誇ります。
その歴史は、6世紀後半にスラヴ民族がヴルタヴァ川の河岸に築いた集落や砦からはじまりました。

9世紀ごろには川の左岸にプラハ城の前身となる城塞が建設され、右岸にはヴィシェフラト城が建設されました。
次第に人口は増加し、市街も拡大されていき、973年にはプラハに*司教座も置かれました。

*司教座聖堂:カトリック教会の教区の中心となる教会の聖堂のことでカテドラル、大聖堂とも呼ばれる。

14世紀半ば、ボヘミア王カレル1世が神聖ローマ皇帝カール4世として即位すると、プラハは神聖ローマ帝国の首都となりました。
カール4世はイタリヤドイツの芸術家をプラハに招聘しょうへいし、帝都に須沢しい都市改造に着手しました。
プラハの市街は拡大され、プラハ城が改築され、東岸と西岸を結ぶカレル橋の建設などが行われました。
また、旧市街の隣には新市街が建設され、中央ヨーロッパ随一の都市が築き上げられました。

 

しかし、1419年に宗教対立からフス戦争が勃発したことで、長らく混乱状態に陥ることとなりました。
そしてその後も動乱や紛争が相次ぎました。
16世紀にはハプスブルク家を国王に迎えてカトリック化が進み、17世紀にプロテスタントの反乱に端を発する三十年戦争が起こりました。

三十年戦争
1618年から1648年の間に中央ヨーロッパで主に戦われた宗教戦争。
ドイツの人口の20%を含む800万人以上の死者を出し、人類史上最も破壊的な紛争の一つとなった。
当初は神聖ローマ帝国内のプロテスタントとカトリックの戦争であったが、次第に大国を巻き込んだヨーロッパ全体の戦争へと発展した。
この戦争は宗教の問題というよりも、ヨーロッパの政治的優位性をめぐるフランスとハプスブルク家の対立と、ハプスブルク家がドイツで帝国の権威を再構築しようとしたことの延長線上にあった。

このようにプラハの街は長く混乱に晒されましたが、歴史的な街並みはその後も保たれました。

現在プラハに残る3,000以上の歴史的な建造物のうち、1,500あまりの建物について、歴史的・文化的価値があると認められています。
プラハ城やカレル橋のほか、1365年に完成したティーンの聖母聖堂、1490年に完成した天文時計塔を持つ旧市庁舎、1881年に建てられた*ネオ・ルネサンス様式の国民劇場などが、趣のある景観を作り上げています。

*ネオ・ルネサンス:ルネッサンス・リバイバル建築とも呼ばれていて、19世紀前半からヨーロッパで始まり、日本を含む世界へ波及した建築様式。それ以前のルネサンス建築に基づきながら当時の荘厳さや各地の新しい建築方式を織り交ぜたもの。

また、カール4世の命により再建工事がはじまった聖ヴィート大聖堂は1929年に完成しました。
プラハでは、このようなさまざまな建造物が華やかな時代の面影を今に伝えています。

Historic Center of Prague
Built along the River between the 11th and 18th centuries, the Old Town, the Lesser Town and the New Town speak of the great architectural and cultural influence enjoyed by this city since the Middle Ages.
The many magnificent monuments, such as Prague Castle, the Cathedral of St Vitus, Hradčany Square in front of the Castle, the Valdgtejn Place on the left bank of the river, the Gothic Charles Bridge, the Romanesque Rotunda of the Holy Rood, and the High Gothic Minority Church of St James in the Stark Mesto show the rich architectural history and its evolution on this medieval city.
<和訳>
11世紀から18世紀の間にヴルタヴァ川沿いに建造された旧市街、城下町、新市街は、中世以来この街にもた らされた大きな建築的・文化的影響を伝える。プラハ城や聖ヴィート大聖堂、城の前のフラッチャニ広場、 左岸にあるヴァルトシュテイン宮殿、ゴシック様式のカレル橋、ロマネスク様式の聖十字架教会のロトゥン ダ、スタレー・ムニェスト(旧市街)にあるゴシック最盛期の聖ヤコブ教会といった多くの壮大な建造物 は、この中世都市における豊かな建築の歴史とその進化を語っている。

②練習問題

[1]『プラハの歴史地区』に関して、のちに神聖ローマ帝国カール4世として即位し、プラハの都市改造に着手した人物として、正しいものはどれか。

①コンスタンティヌス帝
②ボヘミア王カレル1世
③シュトルーべ
④フードリヒ2世

[2]『プラハの歴史地区』に関して、カール4世の命で再建され、1929年に完成した建造物として、正しいものはどれか。

①ヴェルサイユ宮殿
②ノートル・ダム大聖堂
③聖ヴィート大聖堂
④ウスペンスキー大聖堂

③解答とエンディング

解答 [1]② [3]③

いかがでしたでしょうか。
本日は『プラハの歴史地区』について学習しました。
今日の記事は、ほぼ公式テキストからの引用になります。(内容が充実していましたので)
そして、景観をお楽しみいただけるように、画像を多めにしてみました。多過ぎたらすみません。

長きに渡る戦乱を乗り越えて、この景観が保たれているのは素晴らしくありがたいことですね。
もしかしたら訪れたことある方もいらっしゃるでしょうか。
オススメの場所などを教えていただけたら嬉しいです。

本日もここまでお付き合いいただきありがとうございました。

また明日も、ぜひお越しください。

tomo

2級試験の受験は2011年の7月を目標にしています。
来年の7月といわず早く検定を受けたい方には、公式テキスト購入をお勧めしています。
くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト<第3版>

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毎日更新お疲れ様です
今回の3級が自己採点で92点でした
このサイトで大変参考になりました
ありがとうございました
2級目指して頑張ります
今後もよろしくお願いします

前田さま
コメントをいただきありがとうございます。
3級90点越え素晴らしいです。しっかり学習されているんですね。
こちらのブログは、のんびりやっていますので、物足りなさもあるかもしれませんが、引き続きよろしくお願いいたします。
お互い2級合格目指してがんばりましょう!!
温かいお言葉ありがとうございました。励みになります。

tomo

2件のコメント

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