日本の遺産⑫石見銀山

世界遺産検定2級
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銀鉱山関連の産業遺産(石見銀山・ポトシ)
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石見銀山遺跡とその文化的景観

本日は『石見銀山遺跡とその文化的景観』について学習します。
歴史と構成資産を深掘りしていきます。

①基本情報

『石見銀山遺跡とその文化的景観』

島根県
<文化遺産>
登録年:2007/2010年範囲変更
登録基準:(ⅱ)(ⅲ)(ⅴ)
中世に世界の3分の1を算出した産業遺産

「石見銀山遺跡」は島根県の山間にあります。
16〜17世紀初頭にかけて発展した銀山と、その周辺の景観を含めた文化遺産が世界遺産に登録されています。

①構成資産

遺産には、鉱山だけでなく「間歩」と呼ばれる小規模な手彫りの坑道のほか、周辺の集落や役所など銀の生産に直接かかわる「鉱山と鉱山街」が含まれています。

そのほかにも銀鉱石や物資を運搬に利用されていた「街道」、銀の積出港であった鞆ヶ浦や沖泊、温泉津などの「港と港街」が登録されているのも特徴です。

遺産群はかつて銀生産や住民生活で使用された薪炭材の供給源だった森に覆われており、銀鉱山が豊かな自然と共存していたことを示す文化的景観となっています。

主な構成資産

<銀山柵内>
採掘から選鉱、製錬、精錬まで銀生産の諸作業が行われた場所。
柵で厳重に囲まれていることから「銀山柵内」と名付けられた。

<龍源寺間歩>
銀座柵内にある、江戸時代中期に作られた大規模な間歩。
約600メートルの坑道が残っており、入り口よりの273メートルは見学することができる。

<熊谷家住宅>
大森銀山の街路に面して建つ建築物の中で最大の町家建築。
有力承認の社会的な地位や生活の変遷を伝えている。

<代官所跡>
17世紀から19世紀、江戸幕府が役人を派遣し、石見銀山とその周辺の150あまりの村を支配。
瓦葺平家の表門、その左右の門長屋が1800年の大火の後に再建。

<羅漢寺 五百羅漢>
銀山の安泰を願いつくられた信仰関連遺跡。
岩盤の斜面に3ヶ所の石窟が穿たれ、中央窟に三尊仏、左右の両窟に250体ずつの石造羅漢坐像がある。

<温泉津沖泊道>
全長約12メートルの比較的なだらかな起伏の道。
温泉津、沖泊が頻繁に利用された16世紀後半に整えられた。
途中の西田で温泉津と沖泊に分かれる。

<鞆ヶ浦>
銀山開発の初期の16世紀前半に、国際貿易港であった博多へ銀鉱石や銀を積み出した港。
急傾斜地に形成された港湾集落の様相が、全体として保持されている。

<温泉津(おのつ)>
沖泊に隣接する沖泊の外港。
銀山及び周辺地区支配のための政治的中心地。
木造建築群が江戸時代の町割りの中に良好に保存されている

画像は島根県文化財課世界遺産室引用

②歴史背景

14世紀の初頭に大内氏によって発見されたといわれる石見銀山は、16世紀に大きな発展期を迎えました。
博多の商人である神谷寿貞が朝鮮半島から呼び寄せた2人の技術者によって、新しい製品技術「灰吹法」が伝えられました。
鉱石を一度鉛に溶かし、銀を効率よく取り出す灰吹法が導入されたことで、良質な銀の大量生産が可能となりました。
これにより、石見銀山の算出量は増加の一途をたどりました。

最盛期である17世紀初頭には推計で年間約40tの銀を産出していました。
当時日本は全世界の3分の1に相当する量を産出していましたが、そのほとんどが石見銀山から産出されていたといわれています。

戦国時代には大内、尼子、毛利氏の間で石見銀山の領有をめぐり、激しい争奪戦が繰り広げられました。
しかし、のちに関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康がここを摂取して直轄地とし、奉公が置かれました。
銀は幕府の重要な財源のひとつとなりました。

しかし、その後の江戸時代の鎖国政策により、海外で発展した新技術の導入が遅れることとなり、石見銀山は次第に廃れ休山しました。
こうして石見銀山の伝統的な鉱山開発の全体像を伝える遺構が残されることとなりました。

④練習問題

[1]『石見銀山遺跡とその文化的景観』に含まれる資産として、正しくないものはどれか。

①代官所跡や有力商人の住宅を含む鉱山街
②銀鉱石や物資を運搬する街道
③西洋人指導者の宿舎
④銀の積出港

[2]『石見銀山遺跡とその文化的景観』に関し、石見銀山で用いられた「灰吹法」に関する説明として、正しいものはどれか。

①水銀を使った精錬技術で、アメリカ大陸の鉱山でもこの技術が用いられた
②朝鮮半島から呼び寄せた技術者によって伝えられた技術である
③灰吹法では効率よく銀を産出できないため、新技術が開発された
④豊臣秀吉の命令によって開発された技術である

[3]『石見銀山遺跡とその文化的景観』の説明として、正しくないものはどれか。

①関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康がここを接収して直轄地とした
②朝鮮半島から伝えられた精錬技術である灰吹法を導入した
③17世紀初頭には、ポトシ銀山を上回り全世界の半数を超える産出量を誇った
④構成資産には、間歩と呼ばれる小規模な手彫りの行動や鉱山も含まれる

⑤解答とエンディング

解答 [1]③ [2]② [3]③

いかがでしたか。
構成資産についての細かい知識を問われるというところまではあまりないようですが、ある程度イメージできるといいですね。
歴史的な背景についてはそれほど複雑ではないので、確実に加点できる世界遺産の一つにしていきましょう。

では、またお待ちしています。

tomo

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