日本の遺産⑩紀伊山地の霊場

世界遺産検定2級
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この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

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平泉・日本独自の浄土思想
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紀伊山地の霊場と参詣道

本日学習する世界遺産は『紀伊山地の霊場と参詣道』です。
霊場と参詣道が3つの山に分かれていて、それぞれ構成資産も多い、学習者泣かせの世界遺産です。
繰り返しの学習必須です。

①基本情報

『紀伊山地の霊場と参詣道』

和歌山県・奈良県・三重県
<文化遺産>
登録年:2004年/2016年範囲変更
登録基準:(ⅱ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)
日本の宗教文化の歴史を伝える文化的景観

紀伊山地は和歌山県を中心に、奈良県と三重県の3県にまたがっています
紀伊山地には古代から信仰を集めた霊場が点在します。
世界遺産には、「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」の3つの霊場と、それを結ぶ参詣道が登録されています。

古来、紀伊山地は神々が宿る特別な場所と考えられていました。
その後、大陸から仏教が伝来してくると紀伊山地の山々は浄土に見立てられ、特殊な能力を得るための山岳修行の霊場となりました。
このような宗教上の歴史をたどり、紀伊山地の霊場と参詣道には、日本古来の自然崇拝から生れた神道と、大陸伝来の仏教が融合した神仏習合の思想があらわれています。

①熊野三山

熊野には日本神話の中で、神武天皇(じんむてんのう)が熊野の*八咫烏(やたがらす)に導かれて大和を征服し、初代天皇に即位したという逸話が残っています。
熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社を中心とする「熊野三山」は、神仏習合の典型の地といえます。
平安時代には天皇や貴族による「熊野詣(くまのもうで)」が行われ、それ以降も歴代天皇や貴族の崇拝を受けてきました。
江戸時代以降になると庶民の間でも熊野詣が広まり、賑わいました。

*八咫烏:太陽の化身とされる、三本の足を持ったカラス。

熊野三山のおもな構成資産

<熊野本宮大社>
かつては「熊野坐神社(くまのにますじんじゃ)」と呼ばれ、期限は古代にさかのぼる。

<熊野速玉大社>
原始信仰を受け継ぐ祭礼「熊野お灯祭り」で知られる。

<熊野那智大社>
那智大滝に対する自然信仰を起源とする。
祭礼「那智の火祭」が有名。

<那智大滝>
高さ133mの滝で、古代より神が宿るとして信仰された。

<青岸渡寺>
5世紀にインドから熊野に漂着した僧によって開山されたと伝わる。

<補陀落山寺>
小舟で観音浄土を目指す「補陀落渡海」ゆかりの寺。

<那智原始林>
那智大滝の東に広がる約33万㎡の森林。固有の植生がみられる。

②吉野・大峯

金峯山寺や大峰山寺などがある「吉野・大峯」には山岳修行者が多く集まりました。
修験の隆盛に伴い開祖とされる「役行者」ゆかりの地として重視され、修験道の聖地となっていきました。

吉野・大峯のおもな構成資産

<吉野山>
青根ヶ峰を頂点とした山稜一帯。
「千本桜」で知られる桜の名所でもある。

<金峯山寺>
7世紀に役行者が開山したと伝わる修験道の根本道場

<大峰山寺>
標高1,719mの山上ヶ丘山頂に立つ修験道の聖地

<吉野水分神社>
水をつかさどる天野水分命(あまのみくまりのみこと)などを祀る。
現在の社殿は豊臣秀頼が再建した。

<吉水神社>
源義経、後醍醐天皇ゆかりの古寺。
明治期の神仏分離令で神社になった。

<金峯神社>
金など鉱物信仰が起源で、吉野山の再奥に建つ。
祭神は金山毘古神(かなやまびこのかみ)

③高野山

「高野山」は9世紀初め、真言密教を日本にもたらした僧空海によって開かれました。
標高800mの山上盆地には金剛峯寺を中心に多くの子院が立ち並び、宗教都市としての性格を帯びるようになりました。
現在もなお117の寺院が密集し、およそ1200年の信仰の山の歴史を秘めた山上の宗教都市として、賑わいをみせています。

高野山のおもな構成資産

<金剛峯寺>
816年に空海によって創建された寺院で、高野山の総本山。

<丹生都比売神社>
高野山一帯の地主神を祀る神社。
金剛峯寺の鎮守神でもある。

<慈尊院>
空海の母ゆかりの寺院。
女人禁制の高野山で、女性の参拝が許された。

④世界遺産としての評価(文化的景観)

紀伊山地は古くから聖地として崇められてました。
そのため、各霊場の神社や仏教寺院などの建造物と、周辺の森林や小川、そして滝といった自然環境とが一体となった景観を形成しています。

この景観が1,000年以上保存されている点が高く評価され、世界遺産として登録されました。
また、日本で初めて文化的景観が認められました

この遺産は、単に「社寺と道」ではなく「山岳信仰の霊場と山岳修行の道」であって、紀伊山地の自然があってこそ成立しているといえます。

参詣道の構成資産

<大峯奥駈道>
吉野・大峯と熊野三山を結ぶ約120kmの山道。

<熊野参詣道>
奈良や京都などの各都市から、熊野三山へ至る参詣道の総称。
2016年に追加された闘鶏神社は、熊野三山の別宮的な存在。
熊野参詣道に含まれる。

<高野参詣道>
慈尊院から奥院に向かい、一町ごとに、「町石」が立つ町石道や、丹生酒殿神社から丹生都比売神社を中継して町石道に合流する三谷坂、女人禁制の時代に山内には入れない女性が歩んだ女人道などが含まれる。

⑤練習問題

[1]『紀伊山地の霊場と参詣道』に関する次の文中の語句で、正しくないものはどれか。
(①和歌山県と奈良県の2県)にまたがる『紀伊山地の霊場と参詣道』は、(②日本で初めて文化的景観が認められた)世界遺産である。この遺産は、(③神仏習合)の思想をよくあらわしている。霊場のひとつである(④吉野・大峯)には山岳修行者が集まり、次第に修験道の聖地となった。

①和歌山県と奈良県の2県
②日本で初めて文化的景観が認められた
③神仏習合
④吉野・大峯

[2]「文化的景観」の3つのカテゴリーのひとつで、「社会や経済などの要求によって生まれ、自然環境に対応して形成された景観」を示すものとして、正しいものはどれか。

①連続的に調和した景観
②有機的に進化する景観
③関連する景観
④意匠された景観

[3]『紀伊山地の霊場と参詣道』の説明として、正しいものはどれか。

①日本では『石見銀山遺跡とその文化的景観』に次いで文化的景観が認められた
②文化的景観とともに周辺の自然環境の景観美も評価され、複合遺産として登録された。
③神社や仏教寺院などの建造物と自然環境が一体となった景観が1,000年以上保存されている
④構成資産の伊勢神宮では式年遷宮を1,300年以上継続しているが、周囲の自然を損ねることなく創建時の景観を保っている

⑥解答とエンディング

解答 [1]① [2]② [3]③

いかがでしょうか。
文化的景観についての過去記事は下記リンクから振り返りをお願いします。
基礎知識④世界遺産登録の流れ
本日の世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』はいかがでしたか。
構成資産が多い上に、名称も似通ったり読めなかったり、かなり難解な遺産であります。
まずは、大きく3つに分かれる霊場と参詣道の背景を理解しつつ、どの資産がどの霊場、参詣道に含まれるかから抑えていくといかもしれませんね。
それぞれ得意な学習方法で定着させていきましょう。

では、また明日もお待ちしています。

tomo

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