未来への教訓②モスタル・アウシュビッツ

世界遺産検定2級
1

この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日学習する世界遺産も負の遺産と呼ばれる遺産の2件です。
アウシュビッツ・ビルケナウは、4級や3級の学習でも抑えておくべき世界遺産でした。
3級の学習リンクも貼っておきます。
第二次世界大戦の傷跡(原爆ドーム・アウシュビッツ)

どちらも近現代に起こった出来事ですが、モスタルのに関しては1995年まで紛争が起こっていた場所なんですね。

では、本日もよろしくお願いします。

①モスタル旧市街の石橋と周辺

ボスニア・ヘルツェゴビナ
<文化遺産/負の遺産>
登録年:2005年
登録基準:(ⅵ)
内戦の傷痕と民族和解を伝える橋

ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで、1992年から1995年まで続いた民族(宗教)間の紛争は、歴史・文化遺産を容赦なく破壊しました。

モスタルの旧市街はボスニア・ヘルツェゴビナ南部に位置しています。
この街はオスマン帝国時代の15世紀に作られました。

ネレトヴァ川の東岸にはオスマン帝国時代から続くムスリム(イスラム教徒)地区があります。
一方、西岸には19世紀のオーストリア=ハンガリー帝国時代に整備されたクロアチア人(カトリック信者)地区があります。

この街がオスマン帝国の前線基地として栄えた16世紀、この両岸を繋ぐ「スターリ・モスト(古い橋)」が建設されました。
この橋は川面から約24mの天空に架かる全長約30mのアーチ型の石橋でした。
そしてこのアーチ型の石橋は、民族紛争中の1993年に古いトルコ風の家屋群ともども破壊され崩落しました。

その後1995年に紛争が終了すると、ユネスコの協力などを得て2004年に再建されました。
作業には川底から破壊された橋の欠片を引き上げ、足りない箇所は地元の石材を用いたそうです。

スターリ・モストは現在、民族和解の象徴となっています。

Old Bridge Area of the Old City of Mostar
The historic town of Mostar, spanning a deep valley of the Neretva River, developed in the 15th and 16th centuries as an *Ottoman frontier town and during the Austro-Hungarian period in the 19th and 20th centuries.
Mostar has long been known for its old Turkish houses and Old Bridge, Start Most, after which it is named.
In the 1990s conflict, however, most of the historic town and the Old Bridge, designed by the renowned architect *Sinan, was destroyed.
The Old Bridge was recently rebuilt and many of the edifices in the Old Town have been restored or rebuilt with the contribution of an international scientific committee established by UNESCO.<和訳>
ネレトヴァ川の渓谷に位置するモスタルの旧市街は、15世紀と16世紀にはオスマン帝国の国境の街として、19世紀と20世紀にはオーストリア・ハンガリー帝国の統治下で発展した。
モスタルはその古いトルコ風の家と、命名後はスターリ・モストと呼ばれた「古い橋」によって長い間知られている。
しかし、1990年代に起きた紛争のため、名高い建築家スィナンによって設計された旧市街と「古い橋」の多くが破壊された。
「古い橋」は近年に再建され、旧市街の町並みの大部分は、ユネスコによって設立された国際学術委員会のサポートを受け修復あるいは再建が果たされている。*Ottoman:オスマン帝国の
*Sinan:オスマン帝国の建築家。宗教建築から橋梁、要塞まで多岐にわたる建物を手掛けた

②アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)

ポーランド共和国
<文化遺産/負の遺産>
登録年:1979年
登録基準:(ⅵ)
ホロコーストの悲劇を記憶する「負の遺産」

ポーランド南部のオシフィエンチム(ドイツ名アウシュビッツ)は、ナチス・ドイツによる未曾有のホロコースト(大量殺戮)が行われた悲劇の地です。
ナチス・ドイツが第二次世界大戦中に国家を挙げて推進した人種差別による絶滅政策および強制労働により、最大級の犠牲者を出した強制収容所です。

アウシュヴィッツ強制収容所が建設されたのは、第二次世界大戦中の1940年のことでした。
2年後の1942年には、隣のビルケナウに第2収容所も完成し、ヨーロッパ中から人々が送り込まれました。
収容者の90%がユダヤ人であったといわれています。

ホロコーストの実態は生存者たちの証言によって戦後明らかにされ、世界中に大きな衝撃を与えました。

練習問題

[1]『モスタル旧市街の石橋と周辺』に関して、ネレトヴァ川の東岸と西岸をつなぐ橋で、民族紛争により1993年に崩落したが、2004年に再建された橋として正しいものはどれか。

①ハイドパーク・バラックス
②サンベネゼ橋
③スターリ・モスト
④フォース鉄道橋

[2]第二次世界大戦中に築かれた遺産である『アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)』の説明として、正しいものは誰か。

①ビルケナウには第2収容所が築かれた
②ドイツ連邦共和国が保有する世界遺産である
③この地で行われたユダヤ人などの大量殺戮はディアスポラと呼ばれている
④緊急的登録推薦によって世界遺産に登録された

解答とエンディング

いかがでしたか。
アウシュヴィッツ・ビルケナウに関しては、新しい知識は出てきていないので。
3級までとは変わらないポイントを抑えておくと良さそうですね。

では、また明日もお待ちしています。

tomo

2級試験の受験は2021年の7月を目標にしています。
来年の7月といわず早く検定を受けたい方には、公式テキスト購入をお勧めしています。
くわしく学ぶ世界遺産300 世界遺産検定2級公式テキスト<第3版>

ランキングに参加しています
にほんブログ村 旅行ブログ 世界遺産へ
にほんブログ村

世界遺産ランキング

1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

世界遺産検定2級
森林・熱帯雨林②アツィナナナの熱帯雨林

この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。 本日学習する世界遺産は3種の森林です。 特徴的な …

世界遺産検定2級
森林・熱帯雨林①スリランカ中央高知

この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。 本日より、森林、熱帯雨林のパートに入ります。 日 …

世界遺産検定2級
世界遺産検定2級学習振り返り⑬

世界遺産検定2級受験対策用記事の13回目です。 この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。 …