地震

本日は2000年代に大きな地震により被害を受けた世界遺産です。
バムという都市は砂漠にあるオアシス都市でした。
また、カトマンズは仏教徒ヒンドゥー教が融合するという独特の文化が根付いています。

①バムとその文化的景観(イラン・イスラム共和国)

登録年:2004年/2007年範囲変更
登録基準:(ⅰ)(ⅲ)(ⅳ)(ⅴ)
交易で発展したオアシス都市

イラン南部にある城塞都市バムの起源は、紀元前6〜前4世紀アケメネス朝ペルシアの時代にまで遡ることができる。
砂漠のオアシス都市として重要な貿易ルート上にあり、特に7〜11世紀の数百年にわたって絹や綿の衣服の生産で繁栄した。
しかし、1722年にアフガン人の侵略を受けて、住民の多くが街を放棄したために衰退した。

街の中心にあるアルゲ・バム(バム城塞)を囲む全長約2kmにおよぶ城壁は9世紀ごろにつくられた。
木の生えない砂漠地帯であるため、薪(たきぎ)などレンガの焼成(しょうせい)に使用できるものがなく日干しレンガを主な建材として築かれた城壁と要塞は、中世のこの様式をもつ要塞建築を代表するものである。

バムなどイランのオアシス都市にはカナートと呼ばれる地下水路があり、山麓に湧き出る地下水を水の蒸発を防ぎつつ集落へ導いている。
オアシスでは、カナートを用いて灌漑農業などが行われている。

豊富な水資源を活かしたナツメヤシなどの栽培により19世紀後半から人口が上昇し最盛期には10万人を超えた。
しかし2003年の大地震が街とアルゲ・バムを崩壊させ、およそ3万人の命が奪われた。
2004年には世界遺産に緊急登録されると同時に、危機遺産にも登録されたが、政府主導の再建計画が評価され2013年に危機遺産を脱した。

砂漠地帯におけるカナートの形成が人間と自然環境の調和を示し、また厳格な社会組織の中で維持されてきたことなどから文化的景観が認められた。

②カトマンズの谷(ネパール連邦民主共和国)

登録年:1979年/2006年範囲変更
登録基準:(ⅲ)(ⅳ)(ⅵ)
仏教とヒンドゥー教が融合するヒマラヤの万華鏡

ヒマラヤ山脈のふもとにある盆地状のカトマンズの谷には、直径20km強の範囲内に約900もの歴史的建造物が密集している。
チベットとインドの交易中継地点として発展したことから、仏教とヒンドゥー教が融合し、独特の文化が花開いた。
14世紀よりこの地で栄えたマッラ朝が、17世紀にカトマンズ、パタン、バドガオンの3王国に分裂して互いの栄華を競い合った結果、王宮や寺院、広場など芸術性の高い建造物が築かれた。

カトマンズのダルバール広場には、20棟以上の寺院、僧侶や貴族の館がひしめき合う。
工芸がさかんなパタンは「ラリトプル(美の都)」と呼ばれ、バドガオンは特徴的な木彫りの窓をもつ宮殿があることで知られる。

人口増加や開発などが原因で、2003年から2007年まで危機遺産に登録されていた。
また、これまでに何度も自身に見舞われており、その度にっ歴史的建造物が再建されてきた。
2015年のネパール大地震でも甚大な被害を受け、現在も修復が進められている。

③地震と津波

アルプス・ヒマラヤ造山帯と環太平洋造山帯では地震が多く発生する。
プレート境界上にある海底の活断層が大きく動いた東日本大震災では、東日本の太平洋岸に甚大な津波の被害をもたらした。
この大津波は、遠く南米のチリにまで到達した。

④本日の練習問題

世界遺産検定3級の過去問題からの出題です。

[1]『バムとその文化的景観』の説明として正しくないものはどれか

①強固な石造りの城塞によって取り囲まれた都市である
②交易で発展したオアシス都市である
③2003年の大地震で、街の中心にあるアルゲ・バムが崩壊した
④カナートと呼ばれる地下水路を利用している

以下回答です

[1] ①

いかがでしたか?
本日は、地震からの再建を続ける世界遺産を2件学びました。
練習問題は少なめでした。
ネパールといえば、世界最高峰サガルマータを思い浮かべる方も多いと思います。
大陸移動がヒマラヤ山脈の壮大な景観を生み出し、また地震を起こすのもその地殻変動であったりします。
世界遺産を学ぶことで地球の表裏が垣間見えるものですね。

ではまた明日もお待ちしています。

tomo

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