イスラム教③聖都カイラワーン、ムザブの谷

世界遺産検定2級

この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日学習する世界遺産はイスラム教徒にとっても重要な場所2件
◆聖都カイラワーン
◆ムザブの谷

ムザブの谷は4級の学数の中でも学習しています。
“ル・コルビュジエがこの地に魅せられ、「インスピレーションが枯渇するたびに、私はガルダイアへの航空券を買う」と語ったと”いう内容もご紹介しました。
それほど、建築の側面での都市の魅力もある場所なのだと思います。

カイラワーンは、このブログではまだ登場したことのないチュニジアの世界遺産です。

楽しみながら学んでいきましょう。
本日もよろしくお願いします。

①聖都カイラワーン

チュニジア共和国
<文化遺産>
登録年:1988年/2010年範囲変更
登録基準:(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)(ⅴ)(ⅵ)
北アフリカにおけるイスラム教の聖地

チュニジアの北東にあるカイラワーンは、北アフリカにおける重要なイスラム教の聖地とさています。
巡礼の時期になると多くのイスラム教徒が各地から訪れます。
カイラワーンは、メッカ(マッカ)、メディナ、エルサレムに次ぐ、4番目のイスラームの聖地で「カイラワーンを7回訪れた者は、メッカを訪れたこととみなされる」との言い伝えもあるそうです。

670年頃、ウマイヤ朝の将軍ウクバがビザンツ軍を撃破した際、遠征の宿営地として要塞の建設を開始したのがこの都市の起源とされます。
内陸の砂漠地帯が用地に選ばれたのは、ビザンツ帝国の戦艦が往来する沿岸部とベルベル人によって支配された山間部を避けるという戦略上の理由がある。
さらに予言者ムハンマドの教友であった理髪師(シディ・サハブ)の墓所があったことも大きいといわれています。

カイラワーンは9世紀にアグラブ朝の首都となり最盛期を迎えました。
また神学研究の拠点となり、イスラム法の研究や、高い水準の神学論争が行われていました。

シディ・ウクバ・モスクとも呼ばれる大モスクは、北アフリカに建設された最初の*T字型モスクのひとつにされ、この地方のモスク建築に多大な影響を及ぼした。

*T字モスク:北アフリカ特有の形で、壁沿いの廊下と中央の廊下がドーム部分で交差しT字型をしている。

カイラワーンは11世紀には首都となり、その財と繁栄で知られていました。
しかし11世紀の中ごろ、エジプトのシーア派王朝であるファーティマ朝によりこの地方は侵略されました。
この侵略により街は徹底的に破壊され、それから以前の重要性を回復することはありませんでした。
そしてその頃には、マフディーヤ(地中海岸のチュニジアの都市)がこの地域の中心地となりました。

オスマン朝ではトルコ語でKairuanと呼ばれました。
北アフリカの地中海岸でのオスマン朝の領土拡大によって新設された州の州都がチュニスとなり、いくつかの地方が中央政府の支配から自立した後も、カイラワーンには政治的中心地としての役割が戻ることはありませんでした。
現代のチュニジアでもチュニスが首都となっています。

②ムザブの谷

アルジェリア民主人民共和国
<文化遺産>
登録年:1982年
登録基準:(ⅱ)(ⅲ)(ⅴ)
カラフルな立方体の家屋が並ぶ計画都市群

ル・コルビュジエに影響を与えたガルダイア

アルジェの南約450kmに位置する『ムザブの谷』には、11〜12世紀頃にかけてベルベル人の一派ムザブ族が築いた城塞都市が点在しています。
パステルカラーで彩られた真四角の家々と、美しい街並みが残り、フランスの芸術家にも影響を与えたといわれました。
そのような中でも、ムザブ人は1000年の間、伝統的な暮らしを守り続けています。

10世紀当時、ムザブ族はイスラム教の少数派イバード派を信仰していたことで迫害され、この地に逃れてきました。
彼らは、ほとんど雨の降らないこの土地に井戸を掘り、地下水路を建造し、ナツメヤシの気を植えて美しいオアシスとしを築き上げました。

都市は平等の思想に基づいて建設されており、その原則はモスクにも適用されています。
礼拝のための建物であっても、他の建物より大きかったり華美であったりすることは認められておらず、モスクは日干しレンガで作られ、壁が白く塗られています。

また、12世紀に造られたシャーバ・モスクは地下にあります。
モスクは武器弾薬庫、食糧貯蔵庫としても機能し、襲撃を受けた際には人々はモスクに逃げ込みました。

ムザブではイスラム教の宗教施設に付随する塔であるミナレットが見張り棟の役割も果たしました。
ミナレットの上部が王冠状になったモスクを中心に、ベージュやターコイズブルーに彩られた立方体の家屋が立ち並ぶ都市景観は「キュビスム的」とも形容されました。

③練習問題

[1]『聖都カイラワーン』に関する、次の文中の空欄に当てはまる語句として、正しいものはどれか。
670年頃、ウマイヤ朝のウクバがビザンツ軍を撃退した際、遠征の宿営地となったことが、この都市の起源である。9世紀には(   )の首都となり最盛期を迎えた。

①マムルーク朝
②オスマン帝国
③メロヴィング朝
④アグラブ朝

[2]『ムザブの谷』に関して、城塞都市を築いたムザブ族は少数派の宗教を信仰していたことで、迫害を受けてこの地に逃れてきた。ムザブ族が信仰していた宗派として、正しいものはどれか。

①シーア派
②イバード派
③スンニ派
④スーフィズム

④解答とエンディング

解答 [1]④ [2]②

いかがでしたか?
『聖都カイラワーン』については、後半部分は歴史を少し深掘りしたので、画像より上の部分を中心に学習してください。

ということで、本日もここまで読んでいただきありがとうございました。
また明日もお待ちしています。

tomo

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