古代ギリシャとヘレニズム③キレーネの考古学遺跡

世界遺産検定2級

この記事は世界遺産検定2級学習用に構成しています。

本日も3つの世界遺産をご紹介します。
◆キレーネの考古遺跡
◆ブトリントの考古遺跡
◆トロイアの考古遺跡

紀元前の遺跡が続きます。

本日もよろしくお願いします。

①キレーネの考古遺跡

リビア/危機遺産
<文化遺産>
登録年:1982年/2016年危機遺産登録
登録基準:(ⅰ)(ⅲ)(ⅴ)
アポロンの信託で移住してきた人々が築いた都市

リビア北東部のキレーネは、現リビア領内にあった古代ギリシャ都市で、この地方にあった5つのギリシャ都市の中で最大・最重要を誇りました。
紀元前630年頃、アポロンの信託によってエーゲ海のテラ島(サントリーニ島)から移住してきた住民によって築かれました。

365年に地震の被害を受けるまで、地中海貿易の中心地として繁栄しました

キレーネの名は、アポロンが愛した泉の精霊に由来します。
紀元前5~前4世紀ごろに地中海貿易の拠点として繁栄を極めました。
また壮麗な神殿群、ギリシャ様式の劇場、浴場などが建設され、現在多くの遺構が残されています。
ヘレニズム時代の遺構は、美術史をたどる上でも貴重な史料にもなっています。
中でもドーリア式列柱が使われたゼウス神殿は、北アフリカ最大の規模を誇ります。

2016年の第40回世界遺産委員会において、「キュレネの考古遺跡」を含むリビアの全世界遺産が危機遺産リストに加えられました。

②ブトリントの考古遺跡

アルバニア共和国
<文化遺産>
登録年:1992年/1999年範囲拡大/2007年範囲変更
登録基準:(ⅲ)

 

ブトリントの考古遺跡はアルバニア共和国の南部に位置しています。
紀元前7世紀後半に築かれたギリシャの港湾植民都市の遺構です。
古代ギリシア、ローマ植民都市時代、初期キリスト教、ビザンツ帝国支配下など各時代の様子を伝えています。

遺跡は低地の都市部と、丘の上のアクロポリスの2区画に分かれています。
都市部には円形劇場や住宅、医療の神アクレピオスを祀る神殿が残っています。

紀元前2世紀に古代ローマ帝国に併合されると、円形劇場は拡張され、競技場や公共浴場なども建設されました。
初期キリスト教時代の、バシリカ式聖堂や洗礼堂なども見られる。

ブトリントの歴史(余談時間のある方のみどうぞ)

ギリシャ方面に領域を拡大しつつあったローマは、紀元前167年にこの地を支配下に置き、ギリシャ侵攻の基地とした。
ローマ皇帝アウグストゥスはここに植民地を建設し、この時期にローマ式浴場やニンフを祀る泉が造られた。
しかしその後は徐々に衰退していった。

6世紀になるとブトリントにはキリスト教の洗礼所や聖堂が造られた。
この洗礼所は当時最大級のものであった。
この頃にはビザンツ帝国の領土であったが、7世紀に第一次ブルガリア帝国が興るとその支配を受けた。

9世紀には再びビザンツ帝国に取り戻されている。
帝国は1204年の第4回十字軍の攻撃によって分解し、亡命政権のひとつエピロス専制侯国の一部となった。
その後何世紀もの間、ビザンツ帝国、南イタリアのアンジュー朝、およびヴェネツィア共和国の対立の地となり、その領有者は次々と変わっていった。

1797年、カンポ・フォルミオ条約に基づきヴェネツィアからナポレオンにこの地域が割譲されてフランスの支配下に入ったが、1799年、オスマン帝国の地方総督テペデレンリ・アリー・パシャが征服した。

1912年にアルバニアは独立したが、その頃にはすでにブトリントにはわずかな居住者しかおらず、遺跡は沼地に埋もれて植物の生い茂るままの状態となっていた。
(Wikipedia引用)

③トロイアの考古遺跡

トルコ共和国
<文化遺産>
登録年:1998年
登録基準:(ⅱ)(ⅲ)(ⅵ)

トルコ西部に位置する『トロイアの考古遺跡』は、紀元前3000年〜後500年頃にかけて繁栄した都市の意向です。
ホメロスの叙事詩『イリアス』に記されたトロイア戦争の舞台とされています。
トロイア戦争は「トロイの木馬」で知られています。

この物語は誰もが伝説と考えていましたが、ドイツの実業家シュリーマンは史実に基づくものであると信じ、古代都市トロイアの発掘を続けていました。
そして1873年に遺跡が発見されたことで、世界的なセンセーションを巻き起こしました。
彼の死後も発掘は引き継がれ、9つの時代の都市遺跡が層をなしていることが確認されました。

トロイの木馬(余談時間のある方のみどうぞ)

ギリシア神話に記述された、小アジアのトロイアに対して、ミュケーナイを中心とするアカイア人の遠征軍が行った戦争。

トロイアの王子パリスが、スパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーを奪い去ったことから始まる。
激怒したスパルタ王メネラーオスは、兄のミュケナイ王アガメムノンに助力を求めてトロイアを攻めた。
アガメムノンを総大将とするアカイア軍は、総勢10万、1168隻の大艦隊であった。
一方、トロイア軍は強固な城壁を持つ市街に籠城し、両軍は海と街の中間に流れるスカマンドロス河を挟んで対峙した。

双方に犠牲を出しながら9年が過ぎ、戦争が10年目に差し掛かった。

アカイア方の知将オデュッセウスが策略をめぐらせた。
そして、攻略をあきらめたふりをして、巨大な木馬残し撤退したのでした。

勝利を確信したトロイアの戦士達は、木馬を城内に引き入れ、祝宴に酔ってしまいました。
すると木馬の中に潜んでいたギリシャ兵が急襲し、トロイアはあえなく陥落しました。

④練習問題

[1]『デルフィの考古遺跡』に関し、その場で行われた神託の名称( A )と、その神託によってテラ島(サントリーニ島)から移住した住民が築き、地中海貿易の中心として繁栄した場所『( B )』の組み合わせとして、正しいものはどれか。

①A.アポロンの神託 ー B.キレーネの考古遺跡
②A.アポロンの神託 ー B.トロイアの考古遺跡
③A.アテナの神託 ー B.キレーネの考古遺跡
④A.アテナの神託 ー B.トロイアの考古遺跡

[2]『ブトリントの考古遺跡』に関して、都市部に遺構が残る神殿が祀る神として、正しいものはどれか。

①太陽神アポロン
②医療の神アスクレピオス
③戦いと知恵の女神アテナ
④大地の神デメテル

⑤解答とエンディング

解答 [1]① [2]②

いかがでしたでしょうか。
今回の世界遺産も、それぞれの背景が特徴的ですね。
また、今日の「余談」については、試験とは関係ないところで自分自身が興味があったので、参考までに書いてみました。

明日も、この時代の遺跡ですのでお楽しみに。
本日もここまで読んでいただきありがとうございました。

tomo

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