第二次世界大戦の傷跡(原爆ドーム・アウシュビッツ)

世界遺産検定3級
1

本日の世界遺産は「負の遺産」と呼ばれます。

「負の遺産」は世界遺産条約で正式に定義されているものではありませんが、戦争や紛争、人種差別(迫害。奴隷貿易など)にまつわるものがそれに当たります。
過去に起こった悲惨な出来事や反人道的行為を知り、現在でもなお残る様々な紛争や人種差別をなくすために重要なメッセージを発しているのがこれらの遺産です。

世界遺産検定4級の学習はこちら

①広島平和記念碑(原爆ドーム)(広島県)

登録年:1996年
登録基準:(ⅵ)
核兵器の恐怖を伝える「負の遺産」

第二次世界大戦末期の1945年8月6日、アメリカ合衆国の爆撃機エノラ・ゲイが広島市上空から原子爆弾を投下した。
これは人類が歴史上初めて使用した核兵器であった。

原子爆弾は広島県産業奨励館(さんぎょうしょうれいかん)付近の約580m上空で爆発した。強烈な熱風を受けた産業奨励館は、一瞬にしてほとんどの箇所が破壊されたが、ドーム型の屋根部分は骨組みと壁を残して全壊をまぬがれた。

広島市民のあいだには、街に破壊的な被害を与え、多くの死傷者を出した原爆の惨事を思い出させるとして、廃墟になった産業奨励館の取り壊しを求める声も強かった。
しかし、核兵器の恐怖を後世に訴える象徴として保存を求める運動が広がり、廃墟は「原爆ドーム」として永久に保存されることとなった。

原爆ドームは、「広島原爆記念碑」として、1996年に世界遺産として登録された。
人類が起こした悲劇を記憶にとどめ教訓とする「負の遺産」と考えられている。

出来事と関係する登録基準(ⅵ)は、本来なら他の基準と合わせて用いられるが、第二次世界大戦における原爆の悲惨さを伝える原爆ドームのような「負の遺産」は、例外として(ⅵ)の基準だけで登録されることがある。

英語で読む世界遺産

August 6, 1945, the first atomic bomb in human history was dropped on Hiroshima.
The Genbaku Dome, the only structure that escaped complete destruction, has been preserved as it was as a permanent memorial to that tragic day.
It is one of “the negative heritage sites” designed to permanently display the horrors of war to future generations.

原子爆弾の投下と被害(広島市)

投下時間:午前8時15分
推定急性死亡者数:9万〜16万6千人(被曝から2〜4ヵ月以内)
原子爆弾の種類:ガンバレル型、高濃縮ウランを使用(リトルボーイ)

原爆ドームが受けた原子爆弾の被害

熱戦:日光の数千倍
地表温度:約3000℃(鉄がとけ始める温度は約1500℃)
爆風:秒速440m(最大規模の竜巻で秒速130m)
爆風圧:350万Pa[パスカル](1㎡にかかる圧力が35t)

長崎にも原爆投下・・・終戦へ

1945年7月、連合国は日本へ無条件降伏をうながすポツダム宣言を発表した。
日本政府が方針を決めかねていたところ、8月9日、アメリカは広島に次いで長崎に原子爆弾を投下。
同日、日ソ中立条約を破棄したソ連軍が満州に侵攻し、ついに日本はポツダム宣言を受け入れた。

②アウシュビッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940−1945)(ポーランド共和国)

登録年:1979年
登録基準(ⅵ)
恐怖の収容所

ナチス・ドイツが建設した強制収容所も、原爆ドームと同じく、(ⅵ)の基準のみで世界遺産に登録された「負の遺産」として考えられている。

ヒトラー率いるナチス・ドイツは、1930年初めにドイツの政権を掌握すると、第二次世界大戦を引き起こすとともに、極端な人種主義政策を展開した。
当時、ドイツ領であったポーランド南部のオシフィエンチム(ドイツ語読みでアウシュヴィッツ)の収容所にはユダヤ人やスラブ人、障がい者などが強制的に収容された。
この収容所で、100万人以上のユダヤ人などが殺害された(ホロコースト)とされる。

終戦間近に、ナチス・ドイツは強制収容所の破壊を始めたが、アウシュビッツとビルケナウの収容所はソ連軍が占領したことにより残された。

ホロコースト:ギリシャ語で「全てを焼きつくす」という意味。現在ではナチス・ドイツ(1933-1945)によってなされた、600万人のユダヤ人大虐殺をさして使われる。

アウシュヴィッツ第二強制収容所ビルケナウ

③本日の練習問題

世界遺産検定3級の過去問題からの出題です。

[1]負の遺産に関す説明として、正しくないものはどれか

①世界遺産条約で正式に定義されていない
②登録基準(ⅵ)のみで登録されていることがある
③20世紀以降に築かれた建築物のみを対象とする
④戦争や紛争、人種差別にまつわる遺産が該当すると考えられる

[2]『広島平和記念碑(原爆ドーム)』に関する以下の文中の語句で、正しくないものはどれか
(①第二次世界大戦末期)、アメリカ合衆国の爆撃機が広島に原子爆弾を投下した。これは(②長崎に次いで投下された核兵器)であった。原子爆弾の被害を受けながらも辛うじて全壊を免れた(③広島県産業奨励館)は、原子爆弾の悲惨さを後世に伝える『広島平和記念碑(原爆ドーム)』として(④永久保存されることになった)。

①第二次世界大戦末期
②長崎に次いで投下された核兵器
③広島県産業奨励館
④永久保存されることになった

[3]『広島平和記念碑(原爆ドーム)』の説明として、正しいものはどれか

①世界で最初に「負の遺産」とみなされた世界遺産である
②第二次世界大戦勃発のきっかけとなった原爆投下の悲劇を、今に伝える遺産である
③被害を受けた後に解体されて、のちに現在の場所に移築された
④核兵器の恐怖を後世に伝える象徴として、永久保存されることになった

[4]ポーランド共和国の「アウシュビッツ・ビルケナウ」に残る、ナチス・ドイツが建設した施設として、正しいものはどれか

①ヒトラーの墓
②強制収容所
③奴隷の積み出し港
④ナチス・ドイツの本部ビル

以下回答です

[1] ③ [2] ② [3] ④ [4] ②

いかがでしたか

負の遺産について、書くのはなんとも心が重くなるものです。
しかし、負の遺産と呼ばれるものだけでなく、戦争などが背景にある世界遺産は割と多いものです。
2018年に世界遺産に登録された『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』についても、背景にはキリシタンの迫害があり、「天草島原の乱」などの戦もそこに繋がっています。

国土や権力の拡大や宗教など様々な理由で起こる戦争にはそれぞれの背景があり、世界遺産を学ぶ際にも当時の情勢やそれぞれの置かれた状況、そこに至った理由などを正しく認識することが重要なのではないかと思いました。
世界遺産検定を取得するのにはあまり関係ありませんが。

「原爆ドームや、アウシュビッツ」から戦争や人種差別がもたらす悲惨さについて知り、さらにそこに至った背景までも理解していくことがその世界遺産を学ぶということなのかなと思いました。
アウシュビッツ・ビルケナウについて学んだ機会に、ヒトラーという人物について深掘りしました。ヒトラーは第一次世界大戦には兵士として出兵しました。ヒトラーという人間性を作り上げたのもまた戦争(敗戦した第一次世界大戦での経験)であったのかな。
第二次世界大戦において最終的にナチス・ドイツは、ヒトラー自身が忌み嫌い迫害して追い出したユダヤ系の物理学者達によって生み出された兵器により、敗戦へ追い込まれました。
そしてドイツと同じ枢軸国であった日本の広島・長崎に投下された原子爆弾もその一つです。

負の遺産は、負の連鎖を断ち切るための戒めとしても、人々に強く訴えかける遺産であるのかもしれません。
個人的には「負の遺産」というネーミングを少し変えてみてはどうかと思いました。

 

今日は、学習に力が入りすぎて余談が長くなってしまいました。

では、また明日お待ちしています。

tomo

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