万里の長城

本日の世界遺産もこれまた有名な「万里の長城」です。中国の広い土地の中で総延長*5,000km以上と言われるの建造物です。中国観光といえば、まずこの場所が思い浮かぶような場所ですね。 5,000km以上と言われていましたが、秦の時代のことらしく、2012年に中国の国家文物局が発表した万里の長城の公式な総延長は21,196.18kmだそうです。桁が違いましたね。そのため万里の長城と言っても観光場所が複数あるそうです。

そして中国は、イタリアに次いで2番目に世界遺産の多い国です。自然、建造物、宗教、パンダ、、見所が沢山の中国です。隣接する国も多いので、幅広い文化が根付いているのでしょうね。

①基本情報

中華人民共和国
登録年は1987年
登録基準は①②③④⑥
<北方民族との対立と文化交流の歴史を伝える価値

②基礎知識

紀元前8〜前5世紀に築かれ始めた砦をつなぎ合わせ、万里の長城を作ったのは*秦の始皇帝(しんのしこうてい)である 北方遊牧民族である*匈奴(きょうど)の侵入を防ぐため、土や日干しレンガを使って前3世紀に頂上を完成させた。その後さまざまな王朝によって改修や増築が繰り返された。
*焼成レンガを用いた現在の形になったのは16世紀の明朝後期のことである。

*秦の始皇帝:始皇帝は、中国戦国時代の秦王。紀元前221年に史上初の中国統一を成し遂げると最初の皇帝となり、紀元前210年に49歳で死去するまで君臨した。 中国統一を成し遂げた後に「始皇帝」と名乗った。
*匈奴:モンゴル高原で活躍した遊牧騎馬民族 *焼成レンガ:粘土を高熱で焼き固めたレンガ

馬や兵士が移動する広い通路や、敵と一対一で戦う狭い階段、のろし台や銃眼(じゅうだん)など城壁にはさまざまな軍事的工夫がなされ、要所には「山海関(さんかいかん)」や「嘉峪関(かよくかん)」などの*関城(せきじょう)も作られた。

その一方で、明朝時代には関城で定期的に市場が開かれ、北方民族との文化交流の場としての役割も果たした。

*関城:見張り台などを備えた防衛施設

土台に大きな石を使い、中に砂利や小石、土をつき固めて、城壁は強固な焼成レンガで覆った。高さは平均で8mあり、騎馬兵でも超えることはできない。  

③本日の練習問題

本日も世界遺産検定4級からの問題です。日本の世界遺産の問題もあります。

[1]『万里の長城』において認められている、世界遺産の登録基準は何でしょうか

①「文化交流」の登録基準(2)
②「伝統的集落」の登録基準(5)
③「自然の景観美」の登録基準(7)
④「固有の生態系」の登録基準(9)

[2]中国にある『万里の長城」は、紀元前8〜前5世紀に砦が築かれ始めました。それを秦の時代につなぎ合わせ、長城の原型を築いた人物は誰でしょうか

①始皇帝
②チンギス・ハン
③三蔵法師
④劉邦(りゅうほう)

[3]堅固な石垣が写された下の写真は次の中のどの世界遺産でしょうか

①姫路城
②琉球王国のグスク及び関連資産群
③白川郷・五箇山の合掌造り集落
④石見銀山遺跡とその文化的景観  

以下回答です。

[1] ① [2] ① [3] ②  

如何でしたか?問いの[3]は中国に近い沖縄の世界遺産でした。

では、また明日もお待ちしています。

tomo

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One comment

  1. ピンバック: 中華文明の形成(万里の長城 ・曲阜の孔廟、孔林、孔府) - 世界遺産検定を取得するブログ

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