アフリカの諸王国(トンブクトゥ・ジンバブエ)

世界遺産検定3級
3

本日の世界遺産は、アフリカ大陸より、マリとジンバブエの世界遺産について学びたいと思います。
トンブクトゥ、ジンバブエ共に金の交易で繁栄した砂漠の街ということです。

トンブクトゥは、武装勢力による破壊行為などにより現在危機遺産に登録されています。

危機遺産についてはこちらから

①伝説の都市トンブクトゥ(マリ共和国)

登録年:1988年/2012年危機遺産登録
登録基準:(ⅱ)(ⅳ)(ⅴ)
金と岩塩で栄えたサハラ砂漠の黄金の都

マリ共和国の中部、サハラ砂漠の南端にある都市トンブクトゥは、もともと11世紀後半にはトゥアレグ族の宿営地だった。

トゥアレグ族:ベルベル人系の遊牧民。アフリカ大陸サハラ砂漠西部(アザワド)が活動の範囲。
ベルベル人:北アフリカの広い地域に古くから住み、アフロ・アジア語族のベルベル諸語を母語とする人々の総称。北アフリカ諸国でアラブ人が多数を占めるようになった現在も一定の人口をもち、文化的な独自性を維持する先住民族。宗教はイスラム教を信じる

マリ帝国(マリ王国)統治下の13世紀、サハラ砂漠の岩塩とニジェール川の金の公益の中継地として栄えた。
それ以来「黄金の都」と賞賛され、16世紀にはソンガイ帝国(ソンガイ王国)のもとで最盛期を迎えた。

しかし、16世紀末にソンガイ帝国は滅亡し、またヨーロッパ人の開拓によってアフリカ西岸航路が発達すると、内陸路の需要の減少とともに街は衰退していった。
19世紀には、黄金伝説を信じて多くのヨーロッパ人が訪れたが、その頃はすでに荒廃していた。

トンブクトゥは商業のみならず、イスラムの学問・宗教の拠点でもあり、ソンガイ帝国のもと、多くのモスクや大学、マサドラ(高等教育機関)が置かれていた。
16世紀にはトンブクトゥは西アフリカ最大の都市となっていた。
街は3つのモスクに彩られ、ジンガリベリ・モスクや(大モスク)やアフリカ最初といわれる大学が設置されたサンコーレ・モスク、シンディ・ヤハヤモスクなどが当時を物語る。

サンコーレ・モスク

マリ帝国の最盛期を現出させたマンサ・ムーサ王の時代に建てられたジンガリベリ・モスクは1570〜1583年に拡張され街のシンボルとなった。
サンコーレ大学では25000人学生がな学び、イスラム教布教の重要拠点であった。
建造物の崩壊と砂漠から飛んでくる砂で街が埋没する危険性が指摘され、1990年には危機遺産リストに登録された。
2005年に危機遺産リストから脱したものの、イスラム原理主義者による遺産破壊など、政情不安を理由に2012年から再び危機遺産リストに記載されている。

マンサ・ムーサ王 <メッカ巡礼道中での散財>

14世紀初めに、マリ帝国の王、マンサ・ムーサの一行はメッカ巡礼の途上で大量の金を使ったため、「黄金の都」伝説が広く世界に知れ渡った。
『三代大陸周遊記』を著したモロッコの旅行家、イブン・バットゥータもマリ帝国を訪れている。

②大ジンバブエ遺跡(ジンバブエ共和国)

登録年:1986年
登録基準:(ⅰ)(ⅲ)(ⅵ)
国名の由来になった遺跡

ジンバブエ高原の南の端にある大ジンバブエ遺跡は、トンブクトゥと同様、金の公益で繁栄したのちに衰退した砂漠地帯の都市遺跡である。
13世紀にショナ族が築いた石像建築による都市で、「アクロポリス」と「神殿」、「谷の遺跡」が残る。
「アクロポリス」は丘の上に築かれた「王の都市」で、石壁で楕円形に囲まれた「神殿」を見下ろす位置にある。
アクロポリスと神殿をつなぐ「谷の遺跡」には、高度な技術で築かれた石造りの集落がある。

高さ10mほどもある神殿の外壁

金の公益で栄えた遺跡からは、中国製と考えられる陶器の破片やアラビアの貨幣なども見つかっている。

人口の増加による木々の伐採が行われると、砂漠化が進み、食糧不足などから都市は衰退していった。
現地の言葉で「石の家」を意味する「ジンバブエ」は、この地を指す名称となり国名の由来にもなった。

③本日の練習問題

世界遺産検定3級の過去問題からの出題です。

[1]危機遺産の保有国において、危機を取り除くために必要な資金や人材が不足している場合に活用されることがある基金の名称として正しいものはどれか

①環境保護基金
②遺産修復基金
③ユネスコ基金
④世界遺産基金

[2]『伝説の都市トンブクトゥ』を保有する国として、正しいものはどれか

①トルコ共和国
②マリ共和国
③チリ共和国
④南アフリカ共和国

[3]『石見銀山遺産と文化的景観』の説明として、正しくないものはどれか

①間歩と呼ばれる手掘りの坑道がみられる
②朝鮮半島から導入された精錬技術により、良質な銀を大量に生産した
③銀山の周辺は開発が進み景観が変化したため、鉱山と鉱山町のみが登録されている
④産出された銀は東アジアやヨーロッパへ輸入された

以下回答です

[1] ④ [2] ② [3] ③

問い[3]の『石見銀山遺産と文化的景観』についてはこちらと、コチラから

いかがでしたか。

本日は数少ないアフリカからの文化遺産でした。
共に足を運ぶとなるとなかなか簡単ではない場所にありそうですね。
『大ジンバブエ遺跡』の神殿を上の方からみるとこんな感じの遺跡になっています。

トンブクトゥは、自然による砂漠化の危機から脱したものの、今度は破壊行為のため危機遺産に登録されています。
世界遺産だからといって、すべての人間がその価値を共有しているということではないのでしょうね。
現在はやや落ち着きを取り戻しているようですが、気候の問題などはこれからもあり続けるでしょうから、保全が非常に難しい課題であることには変わりないでしょうね。
また昔のように人が戻り栄える街になると良いですね。

 

では、また明日もお待ちしています。

tomo

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